皆さん、こんにちは!有機溶剤情報局のまっすーです。
本日のテーマは「SDSの有害性情報に騙されてはいけない!」についてです。
前回「安全な有機溶剤とは何か?」について触れ、「2.危険有害性の要約」だけを見て、危険かどうかを判断するのは間違いだと述べました。
今回はSDS(安全データシート)記載のためのルールに触れながら、SDS自体がそもそも読み手に誤解を与えるような仕組みになっていることを解説します。
ここまでSDSの読み方シリーズとして4つの記事を書いてきましたが、いきなりこの記事から読んでも理解できないと思いますので、まだ過去の記事を読んでない方はSDSの読み方①から読んでください。
もくじ ※クリックするとジャンプします。
単体溶剤の場合のSDS有害性情報
まずは単体溶剤のSDS有害性情報について見ていきます。
上の画像はトルエンの有害性の要約の部分ですが、トルエンという物質1つの有害性を表しています。
この情報自体はSDSを作成する企業にもよりますが、一般的には「厚生労働省 職場のあんぜんサイト」を参照して作成されています。
引用元:職場のあんぜんサイト 厚生労働省
単体溶剤の場合には、SDSにはその有機溶剤に対する有害性や物性、取り扱いの注意などしか書かれていないので、書かれている通りに理解すれば問題ありません。
しかし、混合溶剤のように複数の化学物質が混ざっている場合は、SDSを読む際に注意が必要です。(ちなみに、混合溶剤とはシンナーや洗浄剤など複数の溶剤が混ざったもののことを言います。)
そのことを順を追って解説していきます。
単体溶剤のSDSは、その物質のみについてしか書かれていないため、書いてある通りに理解すれば問題ない。
混合溶剤の場合のSDS有害性情報
単体溶剤の場合は、含有物質が100%同じ物質になるので1つの有害性ですが、混合溶剤の場合は含まれている有機溶剤の数だけ有害性を考慮しなければなりません。
ここでは仮に4種類の有機溶剤が25%ずつ含有している混合溶剤という想定をして考えていきます。
それぞれ違った有害性を持っているので、それぞれの有機溶剤の有害性を考慮して、混合溶剤のSDSの記載を作成していきます。
仮に同じ有害性項目がある場合、有害性が高い区分を採用して記述します。
わかりやすくするために、以下で表にして説明します。
混合溶剤、有害性の項目・危険有害性区分の記載ルール
物質 | 含有率 | 生殖毒性 |
---|---|---|
有機溶剤A | 25% | 区分2 |
有機溶剤B | 25% | 区分1A |
有機溶剤C | 25% | なし |
有機溶剤D | 25% | なし |
例えば、有機溶剤A~Dが25%ずつ含有しているとして、有機溶剤Aで生殖毒性区分2、有機溶剤Bで区分1A、その他は区分外とします。
この場合、混合溶剤のSDSには有機溶剤Bの生殖毒性区分1Aが4種類の含有物質の中で最も区分が高いので、「生殖毒性 区分1A」と書かなければなりません。
仮に他2種類(含有率合計が50%)の有機溶剤で生殖毒性が区分外であったとしても、混合溶剤になった場合の生殖毒性の正確な判断ができないので、区分が高いものを採用するというルールになっています。
※有害性区分は区分の数字が低いほど有害性が高いことを表しています。ここでは、区分の数字が低いものを、有害性が高いことから「区分が高い」としています。
これは含まれている有機溶剤の含有率が等しく25%のため、理解しやすいのではないかと思います。
ただし、混合溶剤のSDSには含有率に関係なく、区分が高いものを採用するという魔のルールが存在します。
混合溶剤、危険有害性区分の記載の魔のルール
物質 | 含有率 | 生殖毒性 |
---|---|---|
有機溶剤A | 9% | 区分2 |
有機溶剤B | 1% | 区分1A |
有機溶剤C | 90% | なし |
今度は有機溶剤A~Cの3種類の単体溶剤が混ざった混合溶剤の例です。
先ほどとは含有率が異なり、生殖毒性区分2の有機溶剤Aは含有率9%、生殖毒性区分1Aの有機溶剤Bは含有率1%、生殖毒性区分外の有機溶剤Cは含有率90%となっています。
この場合、区分1Aの有機溶剤Bはたったの1%しか含有していないのですが、この混合溶剤の生殖毒性は区分1Aとなります。
これが混合有機溶剤の魔のルールであり、SDSが読み手に誤解を与えるようになっているものの正体です。
つまり、有機溶剤Bが100%含まれているものと有機溶剤Bが1%しか含まれていないものと比較しても、SDSの有害性情報では区別ができないようになっているということです。
混合溶剤のSDSは、同じ有害性項目がある場合、区分が高い(区分の数字は小さい)ものを記載するルールがある。
SDS有害性情報表記のルール
先ほどからSDS有害性情報表記のルールや「魔のルール」と呼んでいるものを紹介していきます。
SDSの作成マニュアルには有害性のある物質が何%含有していると、その有害性を表記するかというルールがあります。
以下が、そのルールがまとめられたわかりやすい資料なのでリンクを貼っておきます。
引用元:厚生労働省
有害性の項目によって、表記義務が発生する含有率の値は変わります。
例えば、以下は特に表記義務の含有率が低い有害性項目を挙げたものです。
有害性項目 | 表記義務が発生する含有濃度 |
---|---|
発がん性 | 0.1% |
生殖毒性 | 0.1% |
生殖細胞変異原性 | 0.3% |
呼吸器感作性または皮膚感作性 | 0.2% |
上記の項目は有害性を持つ物質がたった0.1-0.3%含有していると有害性区分を「区分1」として表記しなければならなりません。
0.1-0.3%の濃度が果たして本当にそこまで有害なのでしょうか?
私は特に混合溶剤のSDSの有害性については大した信憑性はなく、参考程度に見るものだと考えていますので、このSDS表記ルールが如何にまずいのかを解説します。
含有濃度と表記項目
有害性項目 | 表記義務が発生する含有濃度 |
---|---|
発がん性 | 0.1% |
生殖毒性 | 0.1% |
生殖細胞変異原性 | 0.3% |
呼吸器感作性または皮膚感作性 | 0.2% |
まずは、特に表記義務の含有率が低い有害性項目4つで考えてみます。
SDSの「2.有害性の要約」上に発がん性、生殖毒性、生殖細胞変異原性、呼吸器感作性または皮膚感作性が全て区分1と表記されているとしたら、多くの人は「これは危険な化学品だ」と判断するでしょう。
しかし、それぞれの有害性をもつ物質(有機溶剤)がたった0.7%(上記含有濃度の合計値)だったとしても、こう書かなければなりません。
つまり、SDSを読む上では、有害性のある物質が何%入っていると、どの区分に当たるのかを把握しておかないと、本当に正しく読むことはできないでしょう。
個人的にはSDSを作成する人でない限り、そこまで把握しておく必要はないと思うので、この記事で挙げたケースさえ知っておいて頂ければ問題ないと思います。
次の章でこのSDSのルールを元に仮想混合溶剤を作って、その有害性を検証したいと思います。
非常に危険そうに見える混合溶剤とその正体
この章では、SDSの有害性情報が非常に危険そうに見える3つの仮想混合溶剤について検証していきます。
以下の混合溶剤は、私が有害性を意識して作ったものなので実際には存在しませんし、何の意味のない混合溶剤です。
例① 有害性区分1だらけ。誰も使いたがらないであろう混合溶剤
まずは、1つ目の例です。
以下は、ある混合溶剤の有害性項目の一部を抜き出したものですが、あらゆる項目が区分1となっており、おそらく誰もこの混合溶剤を使いたいとは思わないでしょう。
有害性項目 | 有害性区分 |
---|---|
皮膚腐食性/刺激性 | 区分1A |
眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性 | 区分1 |
発がん性 | 区分1A |
生殖毒性 | 区分1A |
皮膚感作性 | 区分1 |
特定標的臓器 全身毒性(単回曝露) | 区分1(中枢神経系、呼吸器、肝臓) |
吸引性呼吸器有害性 | 区分1 |
SDSの記載ルールを知らない人は、これが混合溶剤の有害性だと思ってしまいます。
しかし、実際この混合溶剤の中身は以下のように設計しています。
約80%が水で、残り22.3%を3種類の有機溶剤で構成しています。
ちなみに、混合溶剤は100%有機溶剤でなくとも、有機溶剤が複数混ざっているものを混合溶剤と言います。
この物質が危なくないと言いたいわけではありませんが、80%が水であったとしても、SDS上では誰もが使いたがらないほど危険そうに見えてしまいます。
例② ほとんどが水でもSDS上では危険に見える
先ほどと同じように仮想の混合溶剤を作成し、有害性項目の一部を抜粋しました。
有害性項目 | 有害性区分 |
---|---|
眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性 | 区分1 |
発がん性 | 区分1A |
生殖毒性 | 区分1A |
皮膚感作性 | 区分1 |
こちらも発がん性や生殖毒性が区分1、皮膚感作性や眼刺激性が区分1となっており、非常に危ないように思えます。
しかし、タイトルにある通り、この混合溶剤のほとんどは以下の通り水でできています。
96%が水で、たった4.3%で3種類の有機溶剤が混合している混合溶剤です。
例①よりは区分1の有害性項目が少なく見えますが、4つも区分1に該当していると、大抵の人は「危険そうだ」と判断します。
実際は主成分が水で、3種類の水が添加剤的に加えられた混合有機溶剤であるといことです。
この混合溶剤はSDSの有害性情報に書かれている通り、本当に危ないのでしょうか?
その考え方は人によるとは思いますが、改めてSDSの有害性情報が全てではないということを認識して頂ければ幸いです。
例➂ SDSにすると危険に見える身近なもの
最後は、SDSにすると危険に見える身近なものについてです。
早速、有害性情報を見ていきましょう。
有害性項目 | 有害性区分 |
---|---|
眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性 | 区分2B |
発がん性 | 区分1A |
生殖毒性 | 区分1A |
特定標的臓器 全身毒性(単回曝露) | 区分3(気道刺激性、麻酔作用) |
特定標的臓器 全身毒性(反復曝露) | 区分1(肝臓) |
| 区分2(中枢神経系) |
発がん性、生殖毒性、特定標的臓器(反復曝露、肝臓)で区分1となっており、さらに眼刺激性や特定標的臓器(反復曝露、中枢神経系)で区分2なので、比較的有害性が高いように見えます。
前回の記事を読んで頂いている方、この章のタイトルから何度なく気づく方もいるかもしれませんが、これはお酒をSDSにした場合のものです。
つまり、上記はエタノールのSDSです。
しかし、エタノール100%のSDSではなく、アルコール度数が10%程度のワインや焼酎などを想定しています。
アルコール濃度が10%を超えるお酒は全て上記のようなSDS有害性情報になるということです。
※厳密に言うと、SDSの場合は質量パーセント(wt%)を基準にしており、アルコール度数は容量%(vol%)ですが、ここでその話をすると話が逸れてしまうので置いておきます。
混合溶剤のSDSは、有害性項目を記載すべき溶剤の濃度が決められており、項目だけ見ると危険なように見えてしまう場合がある。
安全な溶剤とは何か?
前回と今回の記事でSDSの表記を元に安全な溶剤とは何かについて考えてきました。
確かに言えることは、
①SDSの表記内容を鵜呑みにせず、有害性をできる限り正しく把握すること。
➁100%安全な有機溶剤はこの世に存在しない。
ということです。
➁については、有機溶剤だけでなく、水でさえ過剰摂取すれば有害になりえます。
実際に企業で有機溶剤を使用する場合は、労働者の安全性を考慮するために以下のような項目を考えておく必要があると思います。
・溶剤を摂取してしまう経路(大抵の場合は蒸気の吸入です)
・晒される時間
・有機溶剤の濃度(空間の体積、温度、含有率などを考慮)
・蒸気等からの保護(防毒マスク、局所排気装置、防護手袋、換気など)
・使用用途(洗浄、溶媒、希釈など)
SDSの有害性情報に騙されるな!(Youtube:有機溶剤情報局まっすーチャンネル)
混合溶剤の場合は、内容が非開示になっていることも多いので、より正確な有害性が把握しにくくなっています。
たった0.3%のエタノールが入るだけでも発がん性や生殖毒性が「2.有害性の要約」に載ってしまいます。
何でもかんでも見た通り、書いてある通りに「危険だ」と判断するのではなく、使用状況や量などを考慮した上で、総合的に判断した方がいいと思います。
SDSの読み方シリーズは今回で最後になりますが、少しでも多くの人が、SDSを読めるようになり、正しく有機溶剤の有害性を判断できるようになれば良いと思います。
SDSの読み方については以下も参考になると思いますので、リンクを貼っておきます。
引用元:独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)
引用元:厚生労働省医薬食品局
本記事は有機溶剤に関わる全ての人に向けて書いていますが、Youtubeの内容は有機溶剤の営業向きで作られています。(より簡潔にしています)
興味がある方は動画を閲覧ください。